大学へ進学しようと思った時、私は勉強と仕事を両立できる環境を探していた。
ただ条件だけを見ていたわけではない。
面接で、人を「採用する対象」としてしか見ていないように感じることがある。
決められた質問をして、答えを評価する。
会社の都合、利益、立場というフィルターで人を見る。
そういう姿勢は、きっと職場にも表れるのではないかと思っていた。
そんな中で出会ったのが、当時の管理者だった。
もちろん管理者として、施設運営や営業という視点は持っていた。
でも、それだけではなかった。
目の前の人を見ることを忘れない人だった。
私自身を「人材」として見てくれた。
大学で学びたいこと。
介護福祉士として、もっと広い視野を持ちたいという思い。
そうしたものに理解を示し、私自身の可能性を広げる提案をしてくれた。
だから、より条件の良い別の会社との話を断り、この職場を選んだ。
「ここなら成長できる」
そう思ったからだった。
看多機という環境で、利用者様との距離を近く持つこと。
看護師と連携しながら学ぶこと。
個別ケアを深めること。
自分が目指していた介護に近い場所だと思った。
しかし、その管理者は間もなく異動となった。
最後に、当初話していたことを実現するために意見をぶつけることもあった。
周囲を巻き込む形になったこともあった。
それでも最後には話し合い、和解し、送り出すことができた。
今でも、その時に巻いてくれた種は大切なものだったと思っている。
しかし、その後。
その種は、少しずつ踏まれていった。
考え方の違う管理者のもとで、人を育てることよりも、目の前の都合を優先するような場面が増えた。
本来なら育っていくはずだったものが、育つ前に失われていく。
それが、とても悲しい。
不思議なのは、私はもうそこに大きな期待をしているわけではないことだ。
それでも、専門職として、
「もっと良くできるのではないか」
「この人のためには何ができるのか」
と自然に考えてしまう。
頭では距離を置こうとしても、介護職としての自分が動いてしまう。
それもまた、少し悲しい。



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