~フリーランスの介護士があったなら~
私は介護福祉士として働いている。
そして今は大学で社会福祉士と精神保健福祉士を目指して勉強している。
そんな立場で最近の福祉や介護の制度を見ていると、ときどき思うことがある。
また、新しいもの作るの?
いや、新しい制度を作ること自体が悪いとは思っていない。
社会は変わる。
高齢者は増える。
働く人は減る。
家族の形も変わる。
昔の制度では拾えなかった困りごとが出てくるなら、それに合わせて制度を変える必要は当然ある。
ただ。
そのたびに新しい制度を作って、新しい仕組みを足して、新しい資格を作って。
なんだか最近、
つぎはぎだらけの試作
みたいになってない?
と思うのである。
また新しい「資格」を作るらしい
現在、国は家事支援サービスについて、品質向上や信頼性確保を目的として、新しい技能検定を設ける方向で検討している。
厚生労働省によれば、国は家事支援サービスについて、技能検定による国家資格化を検討しており、2027年夏ごろの国家資格化を目指す方向で議論が進められている。
背景にあるのは、育児や介護などによる離職を防ぎ、家事の負担を軽減すること。
その目的は分かる。
家事支援を利用するとき、
「この人に家へ入ってもらって大丈夫なの?」
という不安は当然ある。
一定の技能を持っていることを資格によって見えるようにする。それによってサービスへの信頼性を高めたいという考え方も理解できる。
でも私は、それを見て最初にこう思った。
その前に、今ある資格ってちゃんと機能してる?
介護福祉士って、何のための専門職なんだろう
私は介護福祉士である。
介護福祉士は国家資格だ。
介護技術だけを勉強するわけではない。
認知症、障害、老化、コミュニケーション、生活支援、介護過程、医療的ケアなど、人の暮らしを支えるためのさまざまなことを学ぶ。
ところが現場へ行くと、
「介護職は身体介護」
「看護師は医療」
「ケアマネはケアプラン」
「相談員は相談」
と、きれいに箱へ収納される。
資格や知識を持っていても、その役割として採用されていなければ使わない。
できることがあっても、
「あなたはその係じゃありません」
で終わる。
私は社会福祉士と精神保健福祉士も取得しようとしているけれど、極端な話、三福祉士をそろえたところで、組織がその能力を使う仕組みを持っていなければ、
資格手当コレクション
になってしまう。
それって、ものすごくもったいなくない?
新しい資格を作る前に、
すでにいる専門職を、専門職としてちゃんと使う。
そっちを考える方が先じゃないのかなと思う。
「多職種連携」って、本当に連携してる?
福祉や介護を勉強すると、本当によく出てくる言葉がある。
多職種連携。
大切なのは分かる。
利用者の生活を一つの職種だけで支えることなんてできない。
だから、
介護福祉士。
看護師。
社会福祉士。
精神保健福祉士。
ケアマネジャー。
リハビリ職。
医師。
いろんな専門職が連携して、一人の生活を支える。
理念としては、とてもきれいだ。
でも現場で働いている私は、ときどき思う。
全く他職種連携どころか、つながってないじゃん。
専門職を細かく分けて、それぞれ別の箱へ入れる。
所属する事業所も違う。
報酬制度も違う。
持っている情報も違う。
できる仕事も細かく線を引く。
そのうえで、
「はい、皆さん連携してください」
と言われる。
そして、うまくいかなければ新しい制度を追加する。
新しい会議を作る。
新しい書類を作る。
新しい役割を作る。
新しい資格を作る。
いやいや。
新しいパッチを当てる前に、OS自体を一回点検しない?
利用者は「箱」から出そうとしている
介護制度そのものも、少しずつ変わろうとしている。
たとえば令和9年度介護報酬改定に向けた議論では、高齢者向け住まいにおけるサービス提供や、新しい「登録施設介護(予防)支援」について議論されている。
そこでは、住まいと介護サービスの関係、ケアマネジメントの公正・中立性、地域生活相談など、従来の施設や事業所だけで完結しない支援のあり方が論点になっている。
ただし、これは2026年9月現在も審議中の話で、最終的な制度設計が全部決まったわけではない。
方向としては分かる。
人の暮らしは、
「施設に入ったから、はい全部施設」
ではない。
地域とのつながりもある。
医療もある。
買い物もある。
家族もいる。
趣味もある。
その人の人生は制度ごとに分割されているわけじゃない。
だったら私は思う。
利用者を箱から出すなら、専門職も箱から出していいんじゃない?
もし「フリーランスの介護士」がいたら
ここからは制度の話ではなく、私の妄想である。
たとえば、
フリーランスの介護士
がいたらどうだろう。
「私、失敗しませんので」
なんて言いながら颯爽と現れる介護福祉士。
……もちろん、現実の介護で失敗しない人間なんていない。
そこはドラマなので許してほしい。
私が考えているのは、単純に介護職を全員個人事業主にしようという話ではない。
一つの施設に雇われて、その施設の中だけで能力を使うのではなく、
介護福祉士という専門職そのものが地域を動く
という発想だ。
ある人には入浴支援。
ある家庭では生活支援。
認知症の人への支援。
家族への介護方法の助言。
退院直後の生活を整える。
必要な専門職とつなぐ。
「○○施設の介護職」ではなく、
「地域にいる介護福祉士」
になる。
もちろん現実にやるなら、事故が起きたときの責任、情報共有、保険、報酬、個人情報、サービス品質など、山ほど制度設計が必要になる。
だからこれは政策提言ではない。
ただの思考実験だ。
でも、このくらい一度発想をひっくり返してみてもいいんじゃないかと思う。
新しい資格ではなく、今ある資格を育てる方法もある
介護福祉士にも、より高度な実践力やチームマネジメントなどを担う人材を育てようという動きはすでにある。
たとえば認定介護福祉士。
現在のところ国家資格ではないけれど、介護福祉士を土台として、さらに専門性を高めるという考え方である。
だったら、
まったく新しい資格を横に増築する方法だけじゃなく、今ある国家資格を縦に育てる方法もあるんじゃない?
と思う。
介護福祉士。
社会福祉士。
精神保健福祉士。
すでに国家資格を持った専門職がいる。
新しい仕事が生まれるたびに新しい資格を作る前に、
既存の専門職に何を任せられるのか。
一度、棚卸ししてもいいのではないだろうか。
資格があれば「安心」なのか
家事支援の資格についても、もう一つ気になる。
資格によって、
「一定の技能を持っています」
と示せることには意味がある。
でも、
資格は人格証明書ではない。
資格を持っているから優しい人とは限らない。
誠実とも限らない。
利用者との相性だってある。
そして資格制度を作ったからといって、そのサービスを誰もが利用できる価格になるとも限らない。
すでに民間には家事代行サービスがある。
介護保険には生活援助がある。
障害福祉にも家事を支援するサービスがある。
それぞれ目的や対象、制度上の範囲は違う。
だからこそ、
「また一個作りました」
で終わるのではなく、
生活を支える仕事全体をどう組み直すのか
という視点も必要なんじゃないかと思う。
介護は、ずっと「誰かがやっていた仕事」だった
介護という仕事について考えると、もう一つ引っかかることがある。
介護は昔から存在していた。
ただし昔は、
「職業としての介護」ではなく、家庭の中で誰かが担っていた。
食事を作る。
身体を拭く。
排泄を手伝う。
着替えさせる。
見守る。
話を聞く。
現在なら介護職が専門職として行っていることの多くを、かつては家庭の中で家族が担っていた。
そして歴史的には、その負担を女性が担うことも多かった。
職業として専門化された今でも、
「昔は家族がタダでやっていたこと」
という感覚が、社会のどこかに残っているんじゃないか。
私はそんなことを考える。
「尊い仕事ですね」では家賃は払えない
介護の仕事をしていると言うと、
「大変ですね」
「尊い仕事ですね」
「私にはできません」
と言われることがある。
もちろん、悪意で言っているわけではないと思う。
むしろ褒めてくれている。
でも私は、ときどき思う。
「尊い仕事ですね」では家賃は払えない。
本当に専門職として社会が評価するなら、それは言葉だけではなく、
賃金。
権限。
働き方。
キャリア。
専門性を発揮できる環境。
そういうところにも表れるはずだ。
「介護は大切です」
と言いながら、
その専門職が能力を発揮できない。
低い待遇に置かれる。
施設という箱から出られない。
それでは少し変じゃないだろうか。
「私、失敗しません」なんて言える制度はない
制度は失敗する。
人間が作るものだから当然だ。
最初から完璧な制度なんてない。
だから問題が起きれば直せばいい。
でも、
穴が開く。
パッチを貼る。
別の穴が開く。
またパッチを貼る。
さらに新しい資格を作る。
また制度を足す。
それを繰り返しているうちに、
元が何だったのか分からない巨大なつぎはぎになっていないだろうか。
たまには新しいものを足す手を止めて、
「そもそも、今あるものはちゃんと動いている?」
と確認してもいいと思う。
私は、新しい制度を作るなと言いたいわけではない。
必要なら作ればいい。
新しい資格が本当に必要なら作ればいい。
でも、その前に。
今ある資格を、本当に機能させてほしい。
人の暮らしは一つにつながっている。
身体介護だけの人生なんてない。
医療だけの人生もない。
家事だけの人生もない。
相談だけの人生もない。
制度が人間を細切れにするのではなく、人間の暮らしに制度の方が合わせていく。
そんな方向へ進むなら、
支える専門職だって、もう少し自由につながっていていい。
資格を増やす前に、資格を機能させてほしい。
そして、
利用者を箱から出すなら、専門職も箱から出していい。
フリーランスの介護士。
そんな働き方が本当に正解なのかは、私にも分からない。
でも、
「そんなの無理」で終わらせるより、「もし、あったなら?」から考えてみる。
制度を変えるって、本当はそういうところから始まるんじゃないだろうか。
――なんてことを、ういと話していた。



コメント