大学に入ろうと思ったきっかけについて

大学に入ろうと思ったきっかけは、大きく二つあった。

一つは、当時働いていた職場の状況が、世間一般から見ても、内部から見ても、とてもよいとは言えない状態になっていたことだ。

ニュースになるほどの出来事があり、会社の株価は急激に下がり、集団退職も起きていた。当初掲げていた会社の目標も、もう実現することは難しいのではないかと思っていた。

そもそも私は、自分が求めていた職場環境とはかけ離れた場所で、長いあいだ耐えていた。

だから、そこから離れるという決断は早かった。

もう一つは、とても元気だった父が事故に遭い、生死の境をさまよった末に生き延び、身体障害者になったことだった。

父の生活を立て直すため、介護や障害福祉の仕組みを調べることになった。

そのとき、私が介護の仕事に就いていたことを、家族全員から感謝された。

介護の知識があったから動けたこともあった。けれど、同時に、介護福祉士としてできることには限界があると何度も感じた。

意外だったのは、専門職と呼ばれる仕事に就いている人の中にも、制度や法律を十分に理解しないまま働いている人がいたことだ。

そんな人たちに、家族の命や生活を任せたくない。

そう思って、必死に足掻いた。

だったら、どうすればもっと父を助けられるのか。

知識が欲しかった。資格も、専門職として発言できる立場も欲しかった。

「だったら、自分がやってやろうじゃん」

そう思って、気がつけば動いていた。

父を自宅へ戻し、もう一度生活を始めるために、専門職と話し、市役所と話し、基幹相談支援センターと話した。必要なときには弁護士の力まで借りた。

振り返ってみれば、私はまるで社会福祉士のように動いていたのだと思う。

たぶん、あれが私の人生で初めてのソーシャルワークだった。

そんなこんなで、最初はわりと勢いだった。

社会福祉士や精神保健福祉士が、具体的にどのような仕事をするのかも、十分には分からないまま大学へ入った。

それでも今は、楽しく学んでいる。

悩みは、とにかく時間が足りないことだ。

勉強だけに時間を使える純粋な学生の皆さんが、少し羨ましくなることもある。

それでも、何よりも、こうして学んでいる今の自分が好きだ。

昔の私は、何もできない自分が大嫌いだった。

父に何かが起きても、家族が困っていても、何も知らず、何もできない人間ではいたくなかった。

今も、何でもできるわけではない。

それでも、少しは前へ進んだのだと思う。

マズローの欲求段階説で言えば、今の私は、五段階目の「自己実現の欲求」にいるのかもしれない。

最近では、その先に「自己超越」という考え方もあると知った。

自分のためだけではなく、自分が得た知識や経験を、いつか誰かのためにも使えるようになれたらいい。

そんなことを目標にしながら、実際には結構だらだらと、好きなことを好きなようにやっている。

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