それでも私は、私でいたい

ソーシャルワーカーがいないということ

母は、家族のためなら自分を削ってでも尽くせる人だ。
私には、同じことはできない。
その代わり、制度を調べ、言葉にし、行政へ問い返すことならできる。
父にソーシャルワーカーがいなかったとき、私は私のやり方で、制度と家族のあいだに立った。

同じように支援を必要としていても、ソーシャルワーカーがいる人と、いない人では、制度につながるまでの道のりが大きく違う。

私が支援に入っている、ある利用者にはソーシャルワーカーがついている。

本人の生活上の困りごとを整理し、必要な制度を確認し、行政や事業所との間をつなぐ人がいる。本人や家族だけでは伝えにくいことを言葉にし、複数の専門職が同じ方向を向けるように調整する人がいる。

一方、私の父には、その役割を担う人がいない。

父は介護保険サービスと障害福祉サービスの両方を利用している。ケアマネジャーはいるが、相談支援専門員はいない。

そのため、介護保険側のケアマネジャーが、重度訪問介護事業所のコーディネーターから多少の助言を受けながら、障害福祉側の調整まで事実上兼任している。

現在の担当者は、特別養護老人ホームに併設された居宅介護支援事業所に所属している。複数のケアマネジャーの中でも、主任介護支援専門員という立場にある。

介護保険制度の中では、経験も立場もある専門職なのだと思う。

しかし、担当になった当初、その人も重度訪問介護という制度をほとんど知らなかった。

これは、そのケアマネジャー個人だけを責めれば済む話ではない。

介護支援専門員は、介護保険法に基づく制度の専門職である。一方、重度訪問介護は、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスだ。

介護保険制度に詳しいことと、障害福祉制度にも詳しいことは、同じではない。

ところが、相談支援専門員がいない父のケースでは、介護保険法を中心に仕事をしてきたケアマネジャーが、障害者総合支援法に関する調整まで担わざるを得ない。

制度を横断して全体を見渡す人がいなければ、支援はどうしても、担当者が知っている制度の範囲に縮められてしまう。

「介護保険サービスを使っているのだから、それで足りるだろう」

「障害福祉サービスは使えないのではないか」

「市町村が認めないと思う」

そんな判断が、正式な申請や個別の協議よりも先に生まれる。

父が重度訪問介護を利用するまでにも、同じことが起きた。

母は市へ三回相談したが、「重度訪問介護というサービスはない」「介護保険サービスの中に障害福祉サービスも含まれている」と説明され、利用にはつながらなかった。

当時のケアマネジャーも、同じような認識だった。

その後、私が市の担当窓口へ直接相談した際には、「先に相談支援専門員を見つける必要がある」と説明され、申請手続ではなく、基幹相談支援センターへ案内された。

けれど、地域には相談支援専門員が不足している。

見つからない相談支援専門員を先に見つけなければ申請に進めないのであれば、支援を必要とする人は、制度の入口に立つことすらできない。

私は自分で制度を調べ、重度訪問介護事業所へ確認し、申請できないのであれば、その理由と法的根拠を文書で示してほしいと求めた。

行政不服審査請求も視野に入れていると伝えた後、ようやく状況が動き、父は重度訪問介護を利用できるようになった。

つまり、父は最初から制度の対象外だったわけではない。

利用できない制度だったわけでもない。

行政と専門職から受けた説明を家族がそのまま受け入れ、途中で諦めていたならば、父は今も重度訪問介護を利用できていなかった可能性が高い。

制度が存在していても、そこにつなぐ人がいなければ、制度は存在しないのと同じになる。

そして、ここにはもう一つの問題がある。

専門職が、市町村から正式に断られる前に、市町村の意向を先回りしてしまうことだ。

「どうせ認められない」

「前例がない」

「市が難しいと言うと思う」

「介護保険が優先だから無理だろう」

こうした“見えない圧”に専門職が最初から負けてしまえば、クライエントの希望や生活上の必要は、行政の判断の場にすら届かない。

市町村には、サービスの支給を決定する権限がある。

専門職には、本人の状態や生活上の必要をアセスメントし、必要な支援を計画し、行政と調整する役割がある。

そして、支援の中心にいるのは、行政でも専門職でもない。

クライエント本人である。

本来の流れは、クライエントの生活上の必要を起点に、専門職がそれを言語化し、市町村へ個別の判断を求めることだと思う。

専門職が行政の顔色を読み、申請や協議の前から本人の選択肢を閉じることではない。

先日、父の障害福祉サービスについて実家の市町村へ送っていた文書の回答が届いた。

その回答には、「一律不可とする対応はとっていない」と書かれていた。

それならば、その言葉を父の具体的な支援に反映してもらいたい。

訪問看護と重度訪問介護を同じ時間帯に利用できるのは、どのような場合なのか。

重度訪問介護の支援中、支援者が本人に同行して病院内まで入り、院内でも介護や見守り、意思疎通支援を続けられるのは、どのような場合なのか。

個別に判断するというのであれば、何を基準に、誰と、どのような手順で協議すればよいのか。

私は改めて市へ文書を送り、具体的な回答を求めた。

その回答は、父の担当ケアマネジャーや関係事業所と共有し、再アセスメントや担当者会議、ケアプランの見直しに使うつもりでいる。

本来、これは家族が一人で担う仕事ではない。

父の生活上の必要を整理し、介護保険と障害福祉を横断し、行政と交渉し、関係する専門職を調整する。

私は今、それを家族として無償で行っている。

家族に制度を調べる力があったから。

行政へ何度も問い合わせる時間と気力があったから。

専門職の説明を疑い、法的根拠を求めることができたから。

父は、どうにか制度につながることができた。

しかし、すべての本人や家族が、同じことをできるわけではない。

行政職員や専門職から「使えない」と説明されれば、それを信じて諦める人もいる。

相談した記録だけが残り、申請に至らなかった人もいる。

あるいは、相談したことすら十分に記録されず、最初から存在しなかったことにされる人もいるかもしれない。

その人たちは、「制度を利用できなかった人」として把握されることすらない。

制度があるだけでは、人は支援につながらない。

制度と人との間に立ち、本人の必要を言葉にし、複数の制度や専門職をつなぎ、必要であれば行政に正式な判断を求める人が必要だ。

ソーシャルワーカーがいる人と、いない人。

その違いによって、受けられる支援や生活の可能性まで変わってしまう。

そして、その差を家族の知識や交渉力だけで埋めなければならない社会であってはいけないと思う。

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