最初に守られたのは、誰だったのか

先日、ある福祉現場で、利用者への虐待があった。

私はそれまで知らなかったが、周囲の職員は以前から問題に気づいていたらしい。行為をした職員は、過去にも二度、三度と注意を受けていたという。

その日、勤務中に離れた場所から大きな叫び声が聞こえてきた。

はじめは、認知症の利用者が興奮しているのだろうかと思った。しかし、聞こえてくるのは高齢者の声ではなかった。

職員の激しい怒鳴り声だった。

翌朝、上司から、前日に何か変わったことがなかったかと尋ねられた。

私は、別の場所から大きな声が聞こえていたことを伝えた。

上司は、その行為を実際に目撃していたという。いったん行為が止まったため、記録を残そうとその場を離れたそうだ。

その後、私は話し合いの場へ呼ばれた。

直接その場面を見たわけではない。それでも、声を聞いていたことが証言になるという理由だった。

そこには、関係部署の責任者、私の上司、そして行為をした職員がいた。

上司は、その職員を厳しく問いただしていた。

しかし、その場で最初に口にした言葉が、私はどうしても忘れられない。

「あなた一人の行為で、頑張っているほかの職員や、施設まで悪く見られてしまう」

利用者がどれほど怖い思いをしたのか。

その人の安全や尊厳が、どのように傷つけられたのか。

それより先に語られたのは、職員や施設が外部からどう見られるかという話だった。

私は、その言葉の順番に強い違和感を覚えた。

もちろん、虐待を行った職員個人の責任は重い。

しかし、その職員が以前から複数回注意を受けていたのであれば、個人の問題だけで終わらせることはできない。

問題を把握しながら、なぜ繰り返しを防げなかったのか。

なぜ利用者の安全を守る仕組みが機能しなかったのか。

職員への指導や勤務体制は適切だったのか。

組織として検証しなければならないことがある。

私は専門職として、行政に事実関係を確認した。

その時点では、施設から虐待に関する報告が上がっていることは確認できなかった。

厳しく問いただす姿を見せることと、組織として必要な責任を果たすことは同じではない。

職員一人を非難することと、利用者を守る仕組みを作ることも違う。

そして、施設の評判を守ろうとすることと、利用者の安全と尊厳を守ることは、決して同じではない。

私は普段から、この職場を辞めたいと思っている。

それでも今は、社会福祉士の国家資格取得に必要な実習を終えるため、長いカウントダウンをしながら働いている。

職場に対して思うことがあっても、そこで出会う利用者には、できる限りの支援をしたい。

それだけは、職場への感情とは分けて考えている。

振り返れば、私は反面教師の多い職場を渡り歩いてきた。

けれど、そこで見たものも、感じた違和感も、専門職として何をしてはいけないのかを考える材料にはなる。

虐待が起きたとき、最初に守られるべきものは何か。

施設の名前でもない。

職員の評判でもない。

管理者の立場でもない。

利用者の安全と尊厳である。

専門職として、その順番だけは間違えたくない。

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